November 23, 2020

カレー屋「デリー」がギャラリーとしてよみがえる


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松本には「中町」という蔵造りの家が建ち並ぶ一角があります。

歴史をひもとくと、善光寺街道 沿いに位置し、
かつては酒造業や呉服問屋等でにぎわっていたそうです。
しかし、大火が続いたため、いつしか商人たちが蔵をつくるようになり、
今もその面影が残っているとのこと。

この中町に近い場所の仕事場に通っていたことがあります。
お昼によく行ったのは、学生向けの洋食屋、
古くからの蕎麦屋、歴史ある中華料理店など。
そのほとんどが消えてしまいましたが。

最も多く通ったのが、カレー屋の「デリー」。
土蔵造りの古民家を活用したお店でした。
でも、デリーも一昨年に閉店することに。
その後が心配だったものの、
建物は松本市の登録文化財制度第1号として残されました。


室内の改装工事を経て、1階は土産物店、
2階は型絵染作家、故・三代澤本寿氏のギャラリーとしてよみがえりました。
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三代澤本寿氏は、芹沢銈介、柳宗悦らとともに民藝運動を牽引した一人。
デリーとの関係は、ご子息が経営者だったのだとか。

先日、そのギャラリーを初めて訪問しました。
狭いながらも落ち着いたたたずまい。
松本の原点のような場所と感じました。

ギャラリーの方の説明によると、テーブル、椅子はデリー時代のものだとのこと。
「ずいぶん立派なテーブルでカレーを食べていたんだな。
 細部はまったく見ていなかったな」と反省。

ギャラリーでは日本アルプスの手ぬぐいを購入しました。
これは松本みやげの定番になりそうですね。
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October 23, 2019

始まった松本市内の紅葉シーズン

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よく散歩するアルプス公園。

そろそろ木々の紅葉が始まっていました。今年はちょっと遅め。

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平日ということもあって人影はまばら。

アウトドアオフィスのように使える場所があちこちに。

 

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公園から麓を眺めます。

いつも「市街地と自然の境がはっきりしているよなぁ」と思う風景です。

 

January 14, 2018

松本の夕景

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松本市街地の北に横たわる芥子坊主山から見下ろした松本平。

方角的には南、塩尻方面です。

「光の海」というほどではありませんが、

自然界と人間の領域がはっきりと分かれていることが、

夕景からもうかがると思います。

この冬、松本はまだ雪らしい雪が降っていません。

日本海側や白馬、大町で雪を降らせた寒気が、冷たい風のみになって届くからでしょう。

これが本来の松本らしい冬なのかもしれません。

でも、スキー場にはたっぷり雪があるので、スキーを楽しんでいます。


December 28, 2017

師走の松本

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あと3日半で年が変わります。

松本城内には雪吊りが姿を現しました。

非積雪地帯ですが、一度降り出すとあっという間に積もり、

そのまま凍ってしまうのが松本の特徴です。

この冬はかなり早い時期から、氷点下の朝が続いています。

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こちらは縄手通り。女鳥羽川に沿って、長屋風の店が建ち並びます。

年末には正月飾りを販売する露天が並び、年の瀬感が漂います。

さて、今年1年、ありがとうございました。

気まぐれな間隔の更新でしたが、来年も続けていきたいと思います。

2018年が皆さまにとって素晴らしい年になれますように。


May 19, 2017

緑が力強さを増す季節

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用事ついでに「あがたの森」へ。松本には小洒落たカフェが多いけれど、この季節は木陰で飲む缶コーヒーでも十分です。

新緑から力強い緑へと移ろうこの季節、ほんの少しの散歩でも十分にリラックスできます。

静かなあがたの森も、今月末にはクラフトフェアで大にぎわい。平日は数えるほどしか人がいないのが嘘のようになります。

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トチノキの花が咲いていました。この花が咲くと初夏。でも、この日の松本は半袖にウインドブレーカーを羽織ったぐらいがちょうどいい気温でした。

やがて梅雨を経て、山々が緑一色に塗りつぶされると季節は夏。盆地気候で紫外線も強いから、昼間はすごく暑いものの、木陰がきちんと涼しく、夕涼みも楽しめるのが松本のいいところ。街のそこかしこでわき出す冷たい湧水で涼味を感じることもできます。

そう。日本の夏がしっかりと残っているのが松本の夏なのです。

January 18, 2013

原爆ドーム前で考えたこと

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先日、広島に行ってきました。主宰するNPOでやっている「里山活用団体にピザ窯を贈る」プロジェクトの贈呈式です。ちょうど東京出張の後だったので、1日早く広島に入り、原爆ドームを見てきました。

川沿いの緑豊かな公園内に残された原爆ドーム。原爆の悲惨さを伝えるには、あまりにも平和的な光景でした。しかし、紛れもなくこの場所で多くの人が命を落としたのです。今でこそ静かな川面には死体が浮かび、地獄絵図が広がっていたのです。

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想像力を働かせることで見えてくることがあります。僕は原爆ドームを福島の原発に見立てました。ドームが格納容器、崩れた壁が原子炉建屋です。偶然にも似た形の建物が、いまも丸腰の人が近づくと死に至るほどの放射線を発し続けています。

平和さを取り戻したかのような場所で、こんなふうに想像力が働いたのには理由があります。原爆ドームの周りを歩いているとき、ふいにスイッチを入れたままの線量計がアラートを発したのです。表示を見ると0.4μSv/hを超えていました。「まさか」と思い、一旦、スイッチを入れ直し、アラートが鳴った付近を再び歩いてみたのですが、異常な線量上昇は再現されませんでした。

単なる誤作動だったのか、汚染された何かとすれ違ったのか、定かではありません。しかし、アラートが鳴り続ける地域を訪問したことがたびたびあるので、旅行者気分が吹っ飛び、一気に現実に引き戻されました。

そして、「原子力は夢のエネルギーなどではなく、平和を破壊するものでしかない。平和ボケしている場合ではない」と、あらためて感じたのでした。